資産運用コラム

ペッキングオーダー仮説とは?(企業の資金調達)

企業の資本調達活動を説明する仮説として代表的な二つの仮説「トレードオフ仮説」と「ペッキングオーダー仮説」を紹介します。

最適資本構成は、企業価値が最大化するような構成を目指すという考え方と、企業のステージに適した合理的な資本構成を目指すという考え方があると「未来をつくるファイナンス」では説明しています。

より専門的には、前者を「トレードオフ仮説」そのもの、後者を「ペッキングオーダー仮説」の亜流と捉えることができます。トレードオフ仮説については、名前こそ説明しなかったものの、内容については以前にも簡単にに説明したので、ここではペッキングオーダー仮説を中心にお話したいと思います。

ペッキングオーダー仮説とは、経営者が資金を必要とした場合、その手段が選択しやすい順番に、内部留保、負債、株式になるという仮説です。手段が選択しやすいというのは、より有利な条件が得られるということを意味しています。なぜ、その順に有利になるのか。実は、それには情報の非対称性が密接に関係しています。

道端で売っている骨董品の壷をあなたが買うところを想像してください。売り手は壷についてよく知っていて、10万円の値段をつけています。あなたはその壷を10万円で買うでしょうか。あなたは、この壷について何の知識もありません。つまり、情報に非対称性がある状況です。情報に非対称性があることだけは分かっているので、この売り手が10万円をつけていることから、事実はともかく、「10万円ならボロ儲けするんじゃないか。この壷はとてもそんな価値はないのだろう」という想像が頭をよぎります。

あなたが「10万円では買わない」と伝えると、売り手は「5万円ならどうだ」と値段を下げてきます。これならば、買うでしょうか。いいえ。単に「5万円でもボロ儲けなのだろう」と想像するだけに違いありません。

要するに情報に非対称性があるときには、お互いが「相手より自分の方が情報を知っている(適切な判断が出来る)」と信じる状態にならない限り、どのような価格であっても取引は成立しないのです。

結局、取引が成立するとしても、それは価値の低いものを二束三文で購入するような場合ばかりとなってしまいます。これを逆選択といいます。

ペッキングオーダー仮説は、資金調達にもこの逆選択が起こりうるという仮説です。企業が資金を調達するとき、株式を選択するということは、「企業側が現在の株価での資金調達が少なくとも損はしないと考えている」と投資家が考えるはずです。自社の理論株価が1,000円だと信じる経営者は、市場株価が1,000円を下回る状況、たとえば500円のとき新株を発行しないからです。

したがって、株主は「新株発行」を「企業が発信する『現在の株価は割高だ!』というサイン」と解釈し、新株の発行に応じないばかりか、株価が下がる前に自身が保有する株式を全て売却しようと考えるかもしれません。したがって、新株発行は、企業が取るべき最後の資金調達方法となるのです。

負債の場合は、新株発行のときよりも投資家(銀行など)に対して、情報の非対称性を縮小するようなコミュニケーションをすることができますから、上記のような逆選択を抑えることができます。

したがって、上記のような考察からペッキングオーダー仮説は、経営者が資金調達の手段を選択する場合、そもそも情報の非対称性が存在しない自社の資金を使って投資をすることを最も好み、続いて、負債、最後の手段として株式を選ぶはずと結論付けています。

この仮説の中では、トレードオフ仮説の想定するような、節税コストや、倒産コストの議論はまったく問題にならないと整理されています。それよりも、ペッキングオーダー(選好順序)が決定的な意味を持っているのです。

なお、冒頭に紹介した「企業のステージに応じた合理的な資本構成」というのは、ペッキングオーダー仮説が想定する条件、すなわち情報の非対称性が調達の意思決定に影響することの延長にある考え方だとみることもできるので、ペッキングオーダー仮説の亜流としました。

トレードオフ仮説とペッキングオーダー仮説、どちらが正しいのか、あるいはどちらがよりよく現実の経営を描写するのかは2016年の研究においてもまったく結論が出ていません。どちらを支持する研究も存在しています。おそらく当面の間は結論が出ることはないでしょうし、そもそも結論がでるようなものでもないでしょう。

これらの仮説から経営者が学ぶべきは、資本調達の正解ではなく、資金調達において、前述のような論点が存在すること、そして、自社で資本構成の変更を試みたときそれがどのような影響を自社に及ぼしうるのかなのです。